なぜ天皇の生前退位がそれほど大問題なのか
http://www.videonews.com/ ニュース・コメンタリー (2016年7月16日) 司会:神保哲生 宮台真司 今上天皇が、生前に天皇の位を皇太子に譲る意向を示していたことが報道され、大きな議論を呼んでいる。それは現在の象徴天皇制が、そのような事態を想定していなかったためだ。 今上天皇は82歳とご高齢なうえ、過去に前立腺がんや心臓のバイバス手術などの病歴もあり、多くの公務を務めなければならない状態が大きな負担になっていた。一方で、長男の皇太子も既に56歳と、今上天皇が即位した時の年齢を超えている。そうした中で、今上天皇は天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示していたのだという。 皇位継承などを定めた法律、皇室典範には生前退位に関する定めがない。そのため、今上天皇の意向に沿って生前退位を可能にするためには、皇室典範の改正が必要になると考えられている。 皇室典範とて法治国家日本においては法律の一つに過ぎない。国会の承認があれば、その改正は可能だ。 ところが、問題はそれほど簡単ではない。そもそも皇室典範に生前退位の定めがないのは、政府にできればそのような事態を避けたい理由があったからだった。 現在の皇室典範では天皇が崩御した時のみ、皇太子が世襲で即位することが定められており、それ以外の方法で退位や譲位が行われることは想定されていない。一般には生前譲位が可能になると、天皇が退位後も上皇や法皇などの地位から政治的な影響力を持つことになる恐れや、逆に本人の意思に反して強制的に天皇が退位させられることも可能になる恐れがあることなどが、指摘されている。また、天皇自身が退位の意向を示すことは、それ自体が憲法が禁じた天皇による政治権力の行使につながるとの指摘もある。 そうした懸念が、近い将来、現実に問題化することは考えにくいが、天皇に関する取り決めは国家百年の計にも関わる重い意味を持つ。一度それが可能になれば、何十年、何百年か先の将来に大きな禍根を残すことになる可能性も真剣に考えなければならない。 しかし、今回、今上天皇が「生前退位」、あるいは「譲位」の意向を示したことによって、それよりももっと重要な問題がわれわれに投げかけられたと考えるべきだろう。それはそもそも象徴天皇制という現在の制度が、元々孕んでいる大きな矛盾と言ってもいい。われわれは天皇を聖なる存在として尊んでいる。だからこそ、われわれの多くが天皇に対して強い尊崇の念を抱く。陛下が被災地に赴けば、被災者たちは大きな勇気を与えられ、どんなスポーツでも天覧試合は歴史に残るような名勝負になることが多い。 ところがわれわれは天皇がそのような聖なる超越的な存在であることを求めながら、もう一方で、政治的な発言を一切封じたばかりか、事実上人権さえも認めていない。天皇は公務を拒否することもできないし、そもそも憲法で天皇は世襲と定められている以上、即位を拒むこともできない。職業選択の自由など何もない。しかも、一度即位してしまえば、退位もできず、亡くなるまで天皇としての役割を全うすることを義務付けられる。これがわれわれが象徴天皇制と呼んでいる制度の実態だ。 これまでは今上天皇がそのようなある意味で理不尽な立場を甘受し、粛々と公務に勤されてきたからこそ、その問題は浮上してこなかった。しかし、同時にわれわれ日本国民はその間、その問題と向き合うことをせず、放置し続けてきた。今上天皇に聖なる存在として国民を包摂したり励ます役割を果たすことは期待しながら、天皇ご自身がどのような問題を抱えているかについては、いたって鈍感だった。 今回の問題はその矛盾が、今上天皇ご自身がご高齢の上に健康不安まで抱えるようになった今日、現実的な問題として浮上したに過ぎない。 そもそも何が問題なのか。そして、この問題とわれわれはどう向き合えばいいのか。ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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